【正直に、誠実に】創業以来変わらない想い
もちぶたの安心・安全・おいしさをお客様の元に
有限会社 肉の片山
豚の成育環境や餌へのこだわり、徹底した衛生管理など、時間と手間をかけて養豚農家が作り上げた国産豚肉ブランド「和豚もちぶた」はグローバルピッグファーム(株)の登録商標です。その卸問屋として、美味しく安全な豚肉をお客様に提供しているのが有限会社肉の片山です。「豚活カンパニー」というユニークな社是を掲げ、精肉・加工品・惣菜のすべてにおいて高い品質と安全性にこだわり、お客様の満足を第一に考えてきた会社です。

創業者は生まれも育ちも新潟県南魚沼市の小杉知明氏。
企業の規模拡大や目先の売り上げを優先するのではなく、食を取り扱っているからこそ、正直で誠実な会社で在り続けることを大切にしてきたそうです。その想いは、小杉社長の生い立ちや企業が軌道に乗るまでの様々な道のりの中で形成されてきたと言えます。インタビューを通して、小杉社長の根底にある想いをお聞きすることが出来ました。
修業を積んだ青年時代を経て、豚肉の販売事業を開業
―はじめに、小杉社長の生い立ちについてお聞かせください。

「私の生家は土建業を営んでおり、二代目の時代に養豚と稲作を営む農家へと転身しました。父親は若い頃に戦争を経験し、戦後に稲作業を始めました。後に、これまで魚が中心だった日本の食卓に、これからは良質なたんぱく源として肉が選ばれる時代になるのではないかと考え、養豚業も営むようになったのです。私は長男だったので家業を継ぎたいと考え、中学を卒業してすぐに親戚の肉屋で修行を積みました。
その後、肉の卸売販売に興味を持ち、当時この付近で一番お肉を販売しているお店を紹介していただき働かせてもらうことになりました。肉をさばいたり加工する作業で朝から晩までとても忙しかったのですが、冬場であっても飛ぶようにお肉が売れることに非常に感銘を受けましたね。『実家で育てた養豚を、私が加工して売ればもうかるのではないか』と思い、26歳の時に肉の卸売販売を始めたんです」

当時、人々の買い物の中心だった商店街で肉を取り扱っているお店は少なく、精肉をパック詰めして販売することは画期的だったといいます。時代と共に商店は少なくなっていき、様々なモノが揃うスーパーが台頭してきてからは、スーパー向けにより良いお肉の販売に力を入れ、生産者が作った豚肉を販売する卸売り業に特化するようになったそうです。地元の生産者との繋がりが出来ていく中で、農家がこだわりぬいて作った「もちぶたブランド」をメイン商材として、スーパーや小売店への販売を広げていきました。
地元スーパーとの取引を皮切りに販売網を拡大
「スーパーのお取引先は、まずイチコスーパー様で肉の販売を扱ってもらったことが始まりでした。新潟県上越市を基盤に展開し、良い製品を扱っていることで知られていたイチコスーパーで取り扱っているならば、と他のスーパー様にも取引していただけるようになったんです。その中には料理が好きな社長もいらっしゃって当社の豚肉は品質がよく料理の加工にも向いていると太鼓判を頂き、他の店舗への紹介にも繋がっていくことができました」

いまでも親交が深いイチコスーパー様をはじめとして、一つ一つの繋がりを大事にしていた結果が、販売網の拡大に繋がっていったのだそうです。現在は、一日120頭分もの豚肉をスーパーをはじめとする飲食店に卸しているほか、オンラインショップでも精肉をはじめ、和風もち豚を使用したハンバーグ、無塩せきハムやウインナーなどを販売しています。

「今はスーパー、消費者も美味しく安全な商品を求めています。当社はISO22000を取得して、味はもちろん、安全と品質に徹底してこだわっています。こうしたことが評価され、新潟県内の学校給食にも弊社の肉を使用していただいています。悪い肉を安く売っても意味がないですよね。良い肉をいかにお求めやすく提供できるかを考えて、自信をもってお勧めできる商品だけをお届けしています」

また2016年には、物販店舗「KICHEN片山」をオープン。新鮮な豚肉を使ったバラエティに富んだ総菜やお弁当を毎日取りそろえています。おしゃれな店内にはイートインスペースを設けてランチ営業も行っており、地域の人たちが気軽に立ち寄れるお店として人気を呼んでいるそうです。
商売繁栄を支えた忘れられない記憶
青年時代から肉屋の修業を積み、反骨精神を武器に堅実に会社を成長させてきた小杉社長。その成功の裏側には忘れられない苦い思い出があったそうです。

「3代目として事業を始めたばかりの頃でした。売り上げが大きくなってきて新たな融資が必要となり、銀行の担当者から、土地を担保に入れて欲しいと言われたことがあったんです。そこで明治生まれの祖母に権利書を貸してほしいと伝えたところ、祖母は涙を流してそれだけはやめて欲しいと懇願しました。私自身、自分で肉を切って配達して、集金していたような時代でしたから、銀行との取引の仕方など知識がなく分からないことも多かったわけです。訳も分からず権利書を貸してほしいと頼まれ祖母も困惑したに違いありません。今思えばその時の融資がなければ、ここまでの成長は出来なかったわけですが、あの時の祖母の涙は一生忘れられないですね。それが一番苦い思い出です」

少し言葉を詰まらせながら当時のことをお話してくださった小杉社長。こうした苦い思いが、肉の片山をここまで成長させた原動力になったに他ありません。肉の片山という社名は、小杉社長の生家で元々使われてきた屋号から付けられたそうです。家族に対する感謝の想い、そして地域に根付いて商売を繁栄させていきたい、という願いが込められています。
時代が変わっても、消えることのない人と人との繋がり。

「豚活カンパニー」肉の片山の精神は、若い世代へ受け継いでいって欲しいと小杉社長は言います。

「インターネットやSNSでの集客など、私の世代ではついていけないことも増えてきました。時代が変わってきたのだから、私は無理をせずに若手に託していこうかと思っています。若手の意見を取り入れて、資金面では自分が出来ることは支えていこう、と。
古い人間だからかも知れませんが、うちの肉を買ってくださっているお客様を見て、電話をしている時は相手の顔を思い浮かべながら話す、そうしたコミュニケーションが当たり前だと思っていました。そしてこの人だったらうちの商品を売りたいな、この人の為にだったら精一杯協力したい、と考えてやってきました。時代の流れとはいえ、そうしたコミュニケーションは難しくなってきた背景もあると思います。それでも、『正直さ』『誠実さ』は失っていきたくないし、地域や人との繋がりは大切にしたいですね」

一方で、こうした考えを若い人たちに伝えていくのは、なかなか難しいとのこと。

「たとえば、通勤途中に野原を埋め立てて工事をしている土地があったら足を止めてみる。現場の人に声をかけてみて、食堂や飲食店ができると分かれば、いち早く営業をすることができますよね。前ばかり見て進んでいたら見逃してしまうこともある。常にアンテナを張って周りを見ることの大切さを社員には伝えています。
それに、肉の世界には職人気質の人が多く、皆が商人知識を持っていないことが多い。会社としてどのように利益が生み出されているか、売り上げをつくるための仕組みなどを定期的に勉強会などを通して社員には学ぶ機会を多く持たせています。忙しさを言い訳に勉強をしないのでは、将来に活かすことは出来ません。
知識はすぐに開花しなくても、積み上げていくことによって、いつか必ず花開く。『君からお肉を買おう』と言っていただけるような人物に育ってもらいたいですね」
-最後にこれから入社される方に向けてメッセージをお願いします。

「私たちは、生産者様、肉の片山、お客様すべてが満足できる会社を目指しています。そのために正直に、誠実であり続けることをモットーにこれまでやってきました。コロナにより様々な企業が苦境に立たされていますが、私たちは良い商品を取りそろえ、お客様に選んでいただきました。コロナ時代にも負けない強みがあるんだということを知ってもらいたいですね。
そして入社したからには、いずれ別の会社に転職したとしても、肉の片山での教育を活かして力を発揮できる人物に成長して欲しいですね。一生懸命勉強している人は、将来様々な機械化が進んだとしても生き残っていけるはずです」

どのように働いて、何を吸収するか。それは働く人自身の人間力に掛かっています。利益だけを追求していたら、そこに企業としての成長はない。誤魔化しのきかない揺るがない信念を知ることができました。

2020/11/11 取材
このエントリーをはてなブックマークに追加